思いつきで更新させていただきます(笑)


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2007年1月1日(月)
賀正!

皆さん、明けましておめでとうございます。
早いものでこのホームページを開設してから1年半の月日が経過いたしました。
HP開設してからネットを通じてたくさんの方々とお知り合いになり、また車もどんどん凸凹になって逝きました( ̄Д ̄;;
顔も名前も知らない者同士が車を通じて仲間になれるってとても素晴しいことだと思います。
昨年は忙しくてなかなか走りに逝くことができず未練たらたらな一年でしたが、今年はいろんな方々と積極的に絡んで逝きたいと思いますので宜しくお願いします!
いろいろと世知辛い時世ですが、めげずに今年も頑張ります!頑張りましょうよ!!
こんな私ですがどうぞ今年も一年お付き合い下さいませ(`∀´)ノ
駄文で申し訳ありませんが、どうぞ今年も宜しくお願いしますm(_ _)m

                                      2007年元日

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2006年12月10日(日)
プチ南半球

私生活のほうもやっと落ち着きました。
・・・・って、前回の更新から半年以上経っちゃってるじゃない〜(−−;)
こりゃもう日記どころか季刊記といったところでしょうか(汗)
今後は頑張って更新していくつもりです。(不確定・・・)
ところで10月初めにインドネシア・バリ島に行ってきました。
つまり、まぁとうとう年貢を百万石くらい納めたということです・・・(ToT)
長期間休めることなんて、もう二度とないと思いプチ南半球に行ってみようかということになり、気がつけばそこは南国パラダイス♪
(ホントはウズベキスタンという国に行きたかったんですが、国境付近の山岳地帯にタリバンが出没するということで親族から猛反対にあい断念しました・・・。)
バリ島まで福岡空港からシンガポール経由で7時間くらいかかります。
ご存知のようにバリ島は思いっきし観光地なんで日本人も大勢いるかと思いきや、雨季に差しかかっており意外と日本人が少なく異国情緒を楽しむことができました。
蒸し暑いかなと思ってたんですが、まだ乾季が終わったばかりで湿度が低くてとても過ごしやすかったっす。
ところで物価が恐ろしいくらい安い!
ついついと、いろんなものを買いすぎて持って帰るのが大変でした(`∀´)ノ
それからランクル・・・大量に走ってました!
40,50ばかり。
しかも新車のようにピカピカ♪
なんでこんなに車がキレイなの!?
って疑問に思ってたら、ちょっと郊外にでると小さなレストア工場があるわあるわ・・・でるわでるわ・・・
車を持つことがステータスのようで、とても大切にしてるようでした。
たぶん僕みたいな乗り方してたら「なんて勿体無いことしてるんだ!(インドネシア語)」って怒られるでしょうね(笑)
しかしまだまだ生活の足はバイク。
なんとバイクは4人乗りまでOK!
大人2人、子供2人で計4人・・・(゜∇゜|||)
メインストリートをノーヘル4人乗りで爆走していきます。
バリ島では125ccまでしかバイク乗っちゃダメみたいで、小さなバイクに上手に4人乗ってました・・・恐ろしい( ̄□ ̄;)
バリ島で走っている車やバイクの99パーセントが日本車で、家電製品も人気があるのは日本製。
聞けばインドネシアには日本企業の工場がたくさんあり、親日家の人がとても多かったです。
画像は農村を探索中に稲刈りに遭遇したときのものです。
村というコミュニティー全員で協力し、男たちは稲刈りに、女たちは脱穀に勤しんでいます。
まるで昔の日本のようでした・・・って、そんな時代に僕は生まれてないんですけどね。
・・・でも、DNAの記憶というかなんというか、とても懐かしく感じられました。
帰りの飛行機では軍人と間違えられて、「お前ナイフ持ってるだろ!(インドネシア語)」
みたいなことを空港警察に言われてバックパックのショルダー部分まで念入りに調べられました。
ぶん殴ってやろうかと思ったけど、あの状況だと反抗したらたぶん間違いなく拘留されてたでしょうね(笑)
まぁ、いろんなことがあったんですが、気分をリフレッシュできた良い旅行だったと思います。
機会があればもう一度行ってみたい国ですね(^^)

次は・・・ウズベキ・・・・( ̄ー+ ̄)ニヤッ

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2006年5月2日(火)
進歩

ある男性は感電事故で両腕を失った。
彼の日課は毎朝義手を装着することで、義手から伸びたコードを胸部に埋め込まれたプラグに接続する。
また、ある男性は先天的に視力を失っておりサングラスをかけて生活しているが、そのサングラスからは頭部に埋め込まれたプラグにコードが伸びている。
義手の男性は脳で考えた通りに義手を動かし、「熱い」「冷たい」「触れている」という感覚は義手の指先に取り付けられたセンサーから電気信号として脳へ直接伝達される。
また、視覚障害の男性はサングラスに取り付けられたカメラから得た情報を脳に伝達し、視覚を得るのである。
これはSFや漫画の世界での出来事ではありません。
最先端のテクノロジーが生んだサイボーグ技術なのです。
僕はこの事実を知ったときに感嘆よりも恐怖を覚えました。
医療での使用を目的に開発されたこの技術が軍事転用されたら・・・
実際、アメリカ軍は巨額を投資してこの開発プロジェクトを支援しているそうです。
他にも、工事現場での利用を考えて造られたスーツは人間の力を10倍に増強し、実験用のラットは頭部に埋め込まれたチップによって遠隔操作され、ラジコンのように動きます。
皆さんはこの事実をどう考えますか?
人間は踏み込んではいけない領域に足を踏み入れてしまったのではないでしょうか?
クローン技術、遺伝子操作、ロボット技術、そしてサイボーグ技術・・・
僕は無神論者です。
だから、神を冒涜するとかなんとか言う気はありませんが、いつしか人間は自分たちの生活を豊かにするために進歩してきたはずが、逆にその技術に振り回されているように思えてなりません。
その技術を本当に必要にしている方々にとってはたいへん素晴しい技術だと思います。
しかし、それを使う人間によっては危険な技術ともなりえるということを僕たちはもっと理解する必要があるのではないでしょうか。
一度、文明を知ってしまった人間は昔の生活には戻れないと言われています。
僕たちは技術の進歩とともに大切なものを捨ててしまったように思えます。
これだけ日進月歩の世の中で、立ち止まることは悪とさえ言われかねない状況下において、実はどんな技術よりも勇気を出して立ち止まって考えることが一番大切なことかも知れません。
近い将来、脳の記憶をデータとして記録、保存できるようになるそうです。
そのとき、僕たちは何が真実で何が虚構かを間違わずに選択することができるでしょうか。
僕たちへの警鐘はもう鳴っているのです。

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2006年3月2日(木)
オーパーツ

公私ともに忙しくて、気がつけばもう3月・・・(−−;)
まだまだ寒い日が続いてますが、例年に比べると桜の開花時期も早いようで、もう春の息吹が聞こえてきそうです。

さて、今回もまた四駆とはまったく関係ないお話です。
皆さんは『オーパーツ』というものをご存知でしょうか?
今から二十年ほど前に古本屋で「古代史の謎」というタイトルの本に出会い、知った言葉で、今でも僕を虜にしているものです。
オーパーツとは「Out Of Place Artifacts」を略した造語で、「時代や文化に合わない場違いな工芸品」という意味の言葉です。
わかりやすく例えるならば、数万年前の永久凍土の中からマンモスのミイラが発見されたとします。
そこまでは普通なのですが、そのミイラの胃袋からランクルのパーツが発見されたとすれば!?
マンモスの時代にはランクルを造る技術力も設備もなかったはずですから、まさにそのパーツはオーパーツなわけです(笑)
ようは、「そりゃ、ありえんだろ!」ってなものがオーパーツなわけです。
有名なオーパーツとしては、ナスカの地上絵やイースター島のモアイ像なんかがあります。
画像は、現在、アメリカのエール大学図書館に保存されている「ヴォイニック写本」と呼ばれるもので、僕が興味をそそられるオーパーツの1つです。
15世紀に、昔からの口伝をまとめたものだと言われているのですが、文章は見たこともない謎の文字で書かれており、まったく読むことができません。
第2次世界大戦時に、あらゆる暗号解読に成功した米国の暗号解読班が、コンピュータを駆使して解読に挑戦しましたが失敗に終わっています。
また、奇妙な挿絵も多数掲載されており、それも植物、星座、人体図、魔術のようなものなどの様々な分野に及び、顕微鏡や望遠鏡の発達していない当時の技術力ではこれほど精密な図解を書くことは不可能だそうです。
近年になって、挿絵に見られるいくつかの植物はヨーロッパに分布していることがわかってきていますが、いまだ多くが謎のままで現在でも多くの学者達によって解読が続けられています。

・・・いったい誰が何の為に写本を残したんでしょうね(??)
ものすご〜く気になります!(笑)
最近、「30年近く基本設計が変更されていないランクルという車もある意味、オーパーツなのでは!?」
・・・などと、自分の車を自画自賛してみたりしてます(^^;)
他にもオーパーツはたくさん存在するので、興味のあるかたは調べてみると面白いですよ(^^)

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2006年1月16日(月)
謹賀新年

遅くなりましたが・・・
皆さん、新年明けましておめでとうございます。
年末年始、休みなく働いてましたので本当はあまり新年を迎えた気がしませんが・・・(^^;)

さて・・・昨年は僕にとって大きくライフスタイルが変化した一年でもありました。
職場の環境も大きく変わり、私生活においてもクロカンとの出会いがありました。
公私ともに様々な方々との出会いもあり、とても充実した一年間であったと感じています。
また、起こるはずのないと言われてきた西方沖地震が九州を襲い、福岡を中心に大きな被害をもたらしました。
全国的にみても、台風による大雨、大寒波による豪雪などが各地に被害をもたらし、地球規模では、世界各地で地震やハリケーンなどによる被害が多発する災害年でもありました。

昨年のヒット商品の上位に防災用品が入っているのをみても、2005年をよく反映しているように思えます。
自分自身、西方沖地震を経験し、普段漠然としてあまり実感を感じなかった「大規模災害」というものについて考えさせられる一年でした。
日本人の災害に対する意識もだいぶ変化したのではないかと思います。
今年はそういったことを踏まえ、もっと様々なことを考え、さらに前進した一年にしたいと考えてます。
画像は、当市の新型梯子車をバックにカラーガード隊の女性達を撮影したものです。
カラーガード隊とは、消防職員で構成された消防音楽隊の演奏に合わせて演舞する、チアリーディングやダンスの経験者を中心とした女性達で、臨時職員というかたちで消防局に採用されてます。
消防局の広報活動において非常に重要な役割を担っており、出初式などの消防のイベントでは音楽隊の重厚な演奏とともに、華麗な演舞で観るものを楽しませてくれます(^^)
観る価値は充分にありますので、機会があればぜひ観に行って下さい!
くれぐれも、ヤらし〜視線を飛ばさないように(笑)

それでは皆さん、まだまだ未熟な僕ですが、誰にも負けない元気と気合と根性でいろんなことに挑戦して頑張りますので、今年も昨年以上に宜しくお付き合い下さい!
皆さんにとって昨年以上に素晴しい一年になることを祈願いたしまして、新年の挨拶とさせていただきますm(_ _)m

2005年12月1日(木)
1秒

皆さんは1秒という時間の重さを感じたことはありますか?
僕は見知らぬ人の突然の不幸と向かい合う仕事をしています。

僕たちがサイレンを鳴らして走っているということは、その先には思いもよらない不幸に直面した方々がいるということです。
1秒を争う現場で活動するとき、傍目に見たカッコよさとか
、華やかさなんてものはまったくありません。
災害現場では1秒という時間が僕たちにはとても短く、そして助けを待つ人には永遠に感じられます。
もし、運命というものがあるとすれば、助けを待つ人の運命が良い方向へ改善されるように毎日、僕たちは訓練をしているのです。
僕たちは1秒という時間の可能性を広げるために、何日も訓練に時間を費やします。
スポーツやトライアルのような競技の世界でも同じことが言えますよね(^^)
その1秒間にはとても強い信念が詰まっているんだと思います。
僕は1秒という時間を大切にできる人、信念をより多く詰め込むことができた人こそが目的を達成できると信じています。
「時間」・・・全ての人に平等に与えられた権利のようによく言われますが決してそうではないと思います。
時間は、自分の信念次第で永くも短くもなるものだからです。
・・・まぁ、いつもそんな緊迫感を持って生活してたら精神が破綻してしまうんでしょうけどね(^^;)
僕自身、いつもそんな気持ちで生活しているわけではありませんし(笑)
ただ、ひとつ言えることは、1秒という時間の可能性が広がると自分自身にゆとりが持てます。
何気ない生活の中でも、それまでの自分には見えなかったもの、気づかなかったことをおのずと発見できるようになります。
ですので、「俺には関係ないぴょ〜ん、ぐはっ!」と思わないで、どんなことでもいいので1秒間に信念を詰め込んでみて下さい。
例えば、いかに早く効率よく部屋の掃除を終わらせられるか・・・とか(笑)
きっと、1秒という時間の中に新しい発見や驚きがあると思いますよ(^^)

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2005年11月9日(水)
エリア88
最近いろいろと忙しく更新サボってました(^^;)
僕の拙い文章でも目を通して下さってる方には申し訳ありませんm(__)m
ところで、今回は僕の大好きな漫画を紹介させて下さい。
皆さん、『エリア88』という漫画をご存知ですか?
新谷かおる氏の古い漫画ですが、最近ではアニメ化もされています。

主人公の風間真は民間旅客機のパイロットを夢みていたが、風間の才能を妬む親友に騙されて内戦の激化するアスラン王国政府軍の外人傭兵部隊に入隊する羽目になってしまいます。
そして、風間真が配置されたのは政府軍と反政府軍が睨み合う地獄の最前線基地『エリア88』。
祖国日本に帰るには、3年の契約期間を生き残るか、違約金150万ドルを支払うか、脱走するか・・・。
風間真は生きて日本の土を踏むことができるのか!?

・・・ストーリーはベタといえばベタなんですが、そこに展開する人間模様やそれぞれの登場人物が個性的でかなりハマってしまいます(^^)
嫌々戦いに参加する者もいれば、戦場にしか生きる場所を見出せない者・・・。
自分はどちらかといえば後者ですかね。
不謹慎と言われればそれまでですが、職務において現場へ突入するときの高揚感、任務が成功したときの達成感、無事に戻ったときの安堵感などは極限の状況下でしか味わえないものです。
趣味であるクロカンにおいても、これ以上傾けたらひっくりかえるようなキャンバーなんかでは同じような気持ちになります。
僕はアドレナリンジャンキーなんですかね?(笑)
まぁ、できればコケたくないですが・・・(−−;)
ちょっと話がそれましたが、この漫画の一番の魅力は何と言っても、作品に登場する戦闘機ではないかと思います。
画像は作品中で主人公が操るF8E(クルーセイダー)というアメリカ海軍最初の超音速艦上戦闘機です。
外人傭兵部隊という設定ですので、新旧世界各国の軍用機が登場し、大暴れします。
イスラエル製クフィール、スウェーデン製サーブ35(ドラケン)、アメリカ製F−4、F−15、F−18、ソ連製ミグ27などなど・・・
反政府軍機にミグ等の共産圏の軍用機が多いのは時代設定がベトナム戦争終結頃なせいかも?
以前にも日記に書いてますが、目的遂行を第一に念頭において造られたものは僕にはとても魅力的です。
その性能を生かすも殺すも操る者次第なところが男心をくすぐるんでしょうね(^^)
また、この作品では底辺に「生き残る」というテーマが流れています。
今の平和ボケした日本社会では無縁に感じられますが、地震や津波などの天災が続いていますし、国際情勢も緊張していますので、あながち無縁なテーマではないのかも?
日本人が忘れてしまっているテーマですが、原点回帰する意味でも読んでみる価値はあると思います。
ぜひ一度読んでみて下さい!
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2005年9月28日(水)
趣味

僕は普段の味気ない毎日を『幹』とするなら、そんな毎日に『色』を添える花のようなものが『趣味』というものではないかと考えています。
色のない生活って・・・同じことの繰り返しで発展も進歩もないですよね。
人それぞれ、多種多様な趣味を持っていて、その趣味が接点となり新しい出会いや発見があったりもします。
だから、趣味はけっしてただのマスターベーションではなく、必要不可欠なものだと考えているので妥協はしたくありません。
それはクロカンであったり、単車であったり、ラグビーであったり、スノーボードであったり、音楽であったり・・・。
そんな僕の趣味のひとつに弦楽器があります。
弦楽器といってもピアノ、ギター、ベース、バイオリン、三味線などなど・・様々なものがあります。
その中でも僕はギターを弾きます。
もう10年以上も僕を虜にしている趣味です(笑)
僕にはめずらしく(?)インドアーな趣味ですが(^^)
弦楽器は非常に原始的で不安定な楽器です。
弦の振動を増幅して音として発する楽器のため、いろんな外的要因によって発する音が
変化します。
弦の太さ、張りの強さはもちろん、気候、風土などの影響も受けます。
例えば、雨の日と晴れの日に同じ曲を弾き比べてみても音が違います。
レコーディングにわざわざ海外に出かけて行くミュージシャンが多いのはこのためです。
また、不安定であるがゆえに逆に弾き手が表情を付けやすく、自分らしさを演出することができます。
チョーキング、ビブラート、スライド、タッピングなどの、音に表情を付ける技術も『不安定』という弦楽器の特性を逆手にとった技術であるといえます。
それが弦楽器の奥の深さであり、良さでもあるのです。
ちょっと分かりにくいと思いますが、つまりは他の楽器よりも曲を自分流にアレンジしたりする幅が大きいということです。
そんなところが10年以上も飽きもせずに弾き続けている要因かな?と最近思います。
プロを目指している方にしても、僕みたいに趣味のひとつとして楽器を弾いている方にしても、自分らしさをどうやって表現できるかということが一番大切ではないかと思います。
では、技術のみを追求したり、完全に練習曲をトレースしたりする方もいらっしゃいますが、それではダメなのでしょうか?
僕は技術を追求することも、練習曲をトレースすることも「自分らしさ」の現われだと考えています。
「自分らしさを出す」・・・とても難しいことのように思えますが、実は一所懸命に何かに打ち込んでいると自然と出てくるものです。
これは楽器に限らず、なんにでも共通することですよね。
僕の周りには特に個性的な方が多い気がします(笑)
それだけ一所懸命な方と接する機会が多いということです。
そんな方たちとの出会いは自分にとって有意義で素晴しいことだと思います。
これからもいろんな趣味を通じて、いろんな方と知り合い、自分らしく付き合って行けたらいいなと思います。

2005年9月7日(水)
命令

「炎の中に飛び込めとかひどい命令するよね。」
「台風とか地震とか来たら、偉そうなヤツから命令されて行くんでしょ?」

・・・「命令」という言葉にあまり好い感じを覚える方は少ないと思います。

むしろ嫌悪感を覚える方のほうが多いのではないでしょうか。
・・・では、いったいこの「命令」ってなんなんでしょう?
皆さんはこの言葉を聞くと「威圧的な態度」、「見下した物言い」、「束縛、強制」などの不快な言葉を連想するのではないでしょうか?
それはやはり法律の中に出てくる「命令」という言葉がなにかしら強制したり、自由を束縛するせいだからではないかと思います。
僕は職業柄か、この言葉をよく耳にします。
しかし、僕がここで言いたい「命令」という言葉は若干ニュアンスが異なります。
僕の仕事は、皆さんが立ち入ることができない危険な場所、もしくは避難しなければならないような地域へ踏み入って活動します。
そこでは一瞬の躊躇が命取りになることもあります。
そのような危険な場所では「命令」が唯一絶対のルールであり、僕らの命綱でもあります。
もしも、知識も技術もない人や、普段から自堕落な人から「炎の中に突入しろ!」と、命令されたら・・・
僕は突入したくないですね。・・・たぶん死にます。
逆に自分が命令する立場になったとして、右も左もわからない新米隊員に「突入しろ!」と命令する勇気はありません。・・・その隊員を殺しちゃいます。
僕たちにとって「命令」とは、命令する者とされる者が技術、知識、そして絶対的な信頼を持っていて初めて有効になる言葉なのです。
だから、隊員にとって「命令」されることは栄誉であり、隊長にとって「命令」することは信頼の顕れなのです。
僕たちは危険な場所に「死ぬかもしれない。」と思いながら進入することはありません。
必ず戻ってこれると「命令」を信じて進入します。
趣味や遊びの場ではあまり関係ないことかもしれませんね(^^)
ただ、どのような場合においても最低限のルールや規律、信頼関係は必要だと感じます。
友人同士、「命令」することはないにしても、それほどの信頼関係を築いていけたらいいなと思います。
それにはまず自分自身を切磋琢磨しなきゃ!ですね。

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2005年8月11日(木)
松風

我が家には一匹の猫が居ます。
名を『松風』と申します。
グレーと白のトラ毛の雄猫です。
僕は猫があまり好きではありません。
そんな私がなぜ猫を飼っているかというと・・・

あれは昨年の寒い冬のことでした。
夕食時、いつものように職場で待機していると一本の電話が鳴りました。
それは近所の幼稚園からの電話でした。
電話の内容は、数日前から排水溝に子猫が詰まって、ニャアニャアと鳴いているので助けてあげて欲しいとのことでした。
本来、私たちの仕事ではないのですが、聞けば保健所、警察、区役所などあらゆる機関から断られ、最後の頼みで電話を掛けてこられたようでしたので、もし他に火災などが発生した場合はそちらを優先する旨を伝え、猫救出に向かうことになりました。
現場に到着すると遅い時間にもかかわらず、園児たちがたくさん集まってきました。
園児たちは口々に「お願い。猫ちゃんを助けて!」と私の袖を引っぱります。
どうも、園児達が先生に内緒で餌をあげて飼っていたようです。
園児たちに案内された場所は、半地下になった倉庫の奥でした。
そこには床に直径50mmくらいの排水用のパイプが埋め込んであり、外の排水溝へつながっているようでした。
パイプの中をライトで照らしますが、何も見えません。
園児たちに「本当に、この中に居るの?」と尋ねても、「・・・・・。」
おいおい!遊びで来てるんじゃないんだぞ〜!
・・・などと思いつつも、倉庫の周囲を探しますが鳴き声など聞こえません。
30分ほど探しても見つからず、他にも業務があるので引き揚げようとしたとき・・・!?
・・・・ニャア・・・
ん? 今、確かに微かに鳴き声が!?
鳴き声を辿って行くと、初めに園児たちに案内されたパイプの中から弱々しい鳴き声が聞こえてきます!
しかし、どうやって引きずりだそうか・・・
見えないほど奥に入り込んでいるし・・・・

いろいろと考えた結果・・・・

ポンプ車始動!
ホース延長よし!
放水始め!!


パイプにホースを突っ込む私。
反対側のパイプ出口で網をかまえる隊員。
濁流のようにパイプに流れ込むポンプ車の水。
ビヨョ〜〜ンと飛び出す子猫・・・
見事、水圧に押され、スゴイ勢いで子猫が飛び出してきました!
パイプに詰まっていた時間が長かったらしく、かなり衰弱していましたが、園児たちの喜ぶ顔といったら!(^^)
溺死させなくてよかった・・・(−−;)
そんなこんなで救助した子猫ですが、幼稚園では飼えない、飼い主が見つからない、臆病な猫で人になつかないなどの問題があり、せっかく助けたのに保健所行きじゃあ無駄骨になっちまうということで引き取ることにしました。
家に連れて帰り、2、3日もするとやっと元気を取り戻しました。
潮風に耐え、真っ直ぐに伸びる松のように強く育って欲しいとの願いを込め、「松風」と命名しましたが、現在でも臆病な性格は直ってません(−−;)
やっぱり救出方法がマズかったかな・・・
私が家に居るときは、どこかに潜んでほとんど姿を見せませんが、お互いに良い意味で共生(?)してます(笑)
何はともあれ、僕が仕事で救助した第一号ですので、彼とは末永く付き合っていこうと思います。
猫も捨てたもんじゃないかも・・・

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2005年7月26日(火)
戦艦大和

久々の更新です(^^;)
23,24日の週末休みを利用して、広島まで70オーナーズクラブの林道リレーのバトンを渡しに行ってきました。
ついでに(?)、前々から行きたいと思っていた呉の大和ミュージアムと、尾道にある今冬公開の映画「男たちの大和 YAMATO」の撮影で使用された実物大の戦艦大和のロケセットを見学してきました!
・・・実はリレーより大和巡りがメインだったかも(笑)
実物大の大和のほうはフルセットではなく、前半分(前甲板,第二主砲塔,九六式3連装25ミリ対空機銃,8メートル測距儀,八九式40口径12.7センチ連装高角砲,艦橋部(一部),左舷機銃群・・・)程度でした。
どうせならフルセットで作ればいいのに〜(○`ε´○)プンプン!!
・・・などと、多少の不満はありつつも、やはり実物大のリアルさには脱帽!
( ̄0 ̄;)あんぐり・・・

FRPと合板で造られているとは思えないほど精巧でした。
マニアにはたまらんですばい!
ツレに艤装についてウンチクたれてたら、案内のおじいさんが立入禁止区域に特別に入れてくれました!
あんたこそ真の男ですばい(ToT)
じいさんに敬礼!
画像の大和は、次に訪れた「大和ミュージアム」に展示してある1/10大和です。
これまた、膨大な資料を基に製作されただけあってかなり精巧に作られており、気がつけば林道リレーの画像より大和の画像が多くなってました(^^;)
私も、これまでにたくさんの大和の模型を制作しては撃沈させてきましたが、これほど精巧な模型は初めてです。
5千万円くらいなら私財なげうって購入したいくらいです。
間違いなく引きこもりと化すことでしょう。

戦争はキライですが、戦艦,戦闘機,消防車,タンカーなどなど、目的遂行を第一に作られた無駄の無いフォルムとその無骨さには惹かれてしまいます。
僕の車も同じかな(^^)
余談ですが、当時の最高技術を集結して造られただけあって、艦内には空調設備もあり、他艦の乗組員からは「大和ホテル」と呼ばれて羨ましがられていたそうです。
現在でも大型タンカーなどには球状船首(バルバス・バウ)など、大和の為に開発されたノウハウが様々な箇所で生かされています。
結局、大和が完成した頃には航空機技術の発達により(皮肉にも航空機の有用性を示したのは日本の零戦なんですけどね)大艦巨砲主義は時代遅れになってしまっており、世界最大の不沈艦といわれた大和も例外なく航空機に主役の座を譲ってしまいます。
現在でも、東シナ海には米軍機の猛攻により沈没した戦艦大和が静かに眠っています。
いつか、海に眠る大和に対面したいものです。
大和について語りだすと日が暮れてしまいますのでこの辺で。

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2005年6月26日(日)
温泉

勤務明けの24日にツレと二人で温泉ドライブに行ってきました。
実は温泉大好きで、多少強行軍でも遠方まで日帰りで温泉巡りしたりすることも多々あります(^^)
最近、仕事が多忙なせいでなかなか温泉ドライブに行くことができなかったのですが、この日はもう我慢の限界!
前日は深夜に業務があり睡眠時間ゼロでしたが、ツレに運転まかせて突撃しちゃいました。
まぁ、温泉大好きとは言っても、僕には泉質がどうとか効能がどうとか実はよくわかりません(^^;)
(ツレは恐ろしいほどかなり詳しいですけど・・・。)

なんかヌルヌルするな〜くらいのもんです(笑)
どちらかというと、鄙びた温泉街の雰囲気とか情緒が好きなんです。
だから、あまり若い人が行くような温泉郷には行くことがありません。
持論ですが、お年寄りは代謝が衰え分泌物が少ないですし、観光客がすくない場所はかけ流しが多いので、お湯がキレイです!
ですので泊りがけで行く時も、もっぱら爺ちゃん婆ちゃんだらけの湯治町の湯治宿に泊まります。
キレイに整理された道路や同じような外観の建物で統一された街並みよりも、迷路のような路地に無計画に小さな民宿が乱立するような街並みが残っているほうが落ち着きます(笑)
そんな温泉街は人情を身近に感じられますし(^^)
湯治宿に泊まると夜9時を過ぎると物音一つしません・・・。
みんな死んじゃったのかな?・・・と思うくらい静寂です。
しかたがないので僕たちも早々に寝ます。
普段、そんな時間に就寝することはないので物凄く朝早く目覚めます。
目覚めて、暇なので風呂に行くと・・・どこに潜んでいたのか、爺ちゃんの大群が!
さすがシルバーは朝に強い(^^)
そんで、朝から爺ちゃんたちと湯に浸かり、いろ〜んな話をして・・・のぼせて、ダウン。
そんなところが僕が大好きな温泉です。
次はどこの温泉でダウンしようかな〜なんて考えるのが今日一日頑張れる原動力になってるのかも?

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2005年6月9日(木)

今日は勤務日程を間違えてて、急遽、週休となりましたので一日中暇人です(笑)
だんだん蒸し暑くなってきて、水遊びするのも気持ちよい季節になってきました。
僕の実家から歩いて数分の距離に海が広がっており、夏になると海から吹く風が潮の匂いを運んできます。
そんな環境で育ったので、実家に棲息していた頃は毎日のように泳ぎに行ってました。
「海に行ったら泳がなつぁ〜らんやろ!」ってなカンジで、朝から晩まで泳ぎまくって、シャネルズみたいになってました(^^;)
小学生の頃、4kmくらい沖にある島まで丸太につかまって渡ろうとしていたら、潮流に流されて5時間くらい漂流したあげく、たまたま通りがかった漁船に救助されたこともあります(−−;)
ひろわれたのが『K』国の不審船じゃなくてよかった・・・。
僕の地元では、昔から毎年8月15日になると1〜2m前後の小さな木造船にフルーツなどのお土産を載せて海に流し、初盆で帰ってきた死者の魂を黄泉の国へ送る習慣があり、お盆以降に海に入ることは禁忌とされてきました。
(一緒に黄泉の国に連れて行かれるからだそうです。すでにクラゲが大量発生している時期でもあるので禁じられなくともあまり人影はありませんが・・・)
・・・しかし!
僕はその船にどうしても乗ってみたかったのです!
夕暮れに地区のみんなで船を送り出すのですが、送り出された船を密かに離れたところで待ち、みんなが帰るとすぐに木造船拿捕。
山と積まれたフルーツやお菓子を投げ捨て、船に乗り込みいざヤマト発進!
小学校低学年の僕くらいであれば簡単に浮きます。
どんぶらこっこ〜、どんぶらこ〜・・・と、またもや島を目指すも流されて再び漂流。
すでにあたりは真っ暗で、やばいな〜、ど〜しようかな〜と思案に暮れていたら、僕に向かってサーチライトの光がっ!
今度こそ不審船か!?
お父さん、お母さん2重スパイになることをお許し下さい・・・。
実はたまたま僕が船に乗り込む姿を目撃した方が通報し、辺りを漁船団が捜索していたそうです。
救助されて事なきを得ましたが、漁師さんに叱られまくって、帰宅してからも親父に顔の形状が変わるまで殴られました・・・。
形状記憶剛顔でよかった・・・。
危うく親父の手で黄泉の国へヤマト発進させられるところでしたが無事に帰れてよかった(−−;)

皆さんもこれから海水浴シーズンですのでくれぐれも水難事故には気をつけましょう。

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2005年6月8日(水)
消防精神

               天裂け、地崩るとも、恐るるに足らず
               猛火、洪水、何くんぞ逡巡せん
               吾等の使命、此の際に在り
               任侠一片、身を挺し当たる
               勇敢、沈着、また機敏
               発揮せん、消防大精神

 昭和20年6月19日、4トントラックで382台分の焼夷弾がB29爆撃機により投下された福岡大空襲により、福岡市は全戸数の四分の一を焼失し、被災者5万6千人を超える被害を受けた。
その時の消防の活動を目のあたりにした松口月城は身を挺して災害に立ち向かう消防に非常に感銘をうけた。
戦後、八幡消防署と福岡市消防署に兼務していた福岡県警の山根政雄警部(当時はまだ消防は警察組織の一部だった)から、「警察組織から独立し、自治体消防となる消防の為に『消防精神』を吟詠してほしい。」と頼まれ、常々、消防に対する強い思い入れがあった月城が詠んだ詩である。


・・・プロフェッショナルとはなにか?
『感情に流されず、冷静に任務をこなし、その場で迅速に最上の判断ができ、最高の結果を残すこと。』
初めの頃は、怖いとか悲しいとかいろんな感情を押し殺して現場に向かい、現場にケリがつくとその感情があとから溢れてきたものです。
小さな子供が犠牲になったりすると感情を押し殺せずに、隊長から「現場で感情を出すな!お前はプロだろうが!」と叱られることもありました。
しかし、現場をこなすうちにだんだんと慣れてきて、感情を押し殺しているのか、感情がなくなってしまったのかわからなくなることがあります。
プロにとって、感情を押し殺してでも任務を遂行するのは大切なことですが、感情がなくなってしまっては職務がどうこう言う前に、一人の人間として失格です。
そんなとき、数多くの職業の中から、なぜこの職業を生きていくための糧としたのか、自分の原点を思い出させてくれる詩です。
誰かに、「あなたにとって一番熱いことって何?」と聞かれたときに、胸を張って「仕事が一番熱い!」と何歳になっても答えられるような自分で在りたいと思います。
皆さんにとって一番熱いものって何?

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2005年6月4日(土)
くすり

先日、筋が切れてぷらんぷらんしていた小指を手術しました(^^;)
たいした怪我じゃないんで、ほったらかしとこうと思ったんですが、周囲から「気持ち悪い〜!」と悪評だったので・・・
とにかく、手術は無事に終わり、入院したくなかったのでクスリを大量にいただき帰宅しました。
そこで気がついたのですが、最近ではクスリを処方するときにはクスリの説明書も一緒にくれるんですね!
これはいいですよ〜。
飲む本人がクスリの効能を知ることは重要ですから!
僕の知り合いが小学生くらいの時、指をカッターで深く切ってしまったそうなんですが、その人の親父は「■露丸塗っときゃなおる!」と血だらけの彼に■露丸を渡して去っていったそうです・・・(−−;)
今のは極端な例ですが、やはり昔に比べて様々なクスリが簡単に手に入り、健康食品なんかも多く出回ってる時代ですから、ちゃんとした知識が必要だと感じます。
くすりは「用法、用量を守って正しくお使い下さい。」ピンポ〜ン。

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2005年6月2日(木)
ホームページ開設のご挨拶

当サイトの管理人のオチと申します。
HP開設にあたり、簡単にですがご挨拶させていただきます。
このサイトは僕の独断と偏見に満ち溢れたサイトです(笑)
今、愛車で山を走り回るのに一番ハマってるので四駆メインになっちゃってますが、ほかにもいろんなことやってますんで、方向性なんか決めないで自由に更新していこうと思ってます。
よーするに、僕の自己満足のサイトですので、このサイトを訪れて不快な気分になったとか、PTSDになっちゃったとか言われても責任とれませんので・・・(笑)
このサイトで新しい発見や趣味と出会っていただけたら幸いです(^^)
こんなサイトですが、末長く宜しくお願いしますm(_ _)m